駆け込み女と駆け出し男

  • 2017.02.15 Wednesday
  • 18:40
2017021022160000.jpg
(2014年撮影☆紅葉狩り)



昨年からはまっている映画(DVD)に


『駆け込み女と駆け出し男』


が、あります。


大泉洋くんの映画…という私のリクエストで兄がくれた1枚です。


邦画というと、洋画に比べどこか物足りないイメージ(スケールの壮大さの違い)があったり、


映画というより、TVドラマ仕立てのストーリー(展開)と映像(カメラワーク)になっていたりして


あまり観ないのですが…。


この1作品は、はまりにはまっています。




勿論、筋書きも好きなのですが



音が落ち着きます。


曲で場を創るのではなく


自然界の音であったり、


ポッペンの音であったり、


語りであったり、


口ずさむ『地蔵和讃』であったり、


読経であったり、


が主体であるのがいい。


なんとも耳に心地いい。




また、光がいい。


時代背景にあった明るさである。


日中は自然光をとりこみ、


日が落ちると行灯の揺れる影のある光。


今の時代のLEDに慣れた目には、薄暗い画面に見えるかも知れないが…


時代劇と言いながら、やたらと明るい室内よりは余程いい。


朝は一日の始まりの澄んだ光


昼は昇った元気な光


夕方は柔らかい赤みを含んだ光


そして


宵闇…月明かり。


室内は行灯に火をいれる。


自然な生活感が違和感無く表現されている。


と、私は思う。



話の流れの中で


私の印象に残る中のひとつに


じょごという女性が東慶寺へと足を向ける覚悟を決める場面


浜のお地蔵様に


「右に行って六郷に飛び込むか

左に行って東慶寺に駆け込むか

それとも、今来た道を戻るがいいか

右か左か真ん中か」


と、問う場面である。



生き方の選択肢の作り方に切羽詰まりながらも幅を作る。


死か駆け込みか…今まで生きてきた生き方を貫くか。

全ては覚悟であるが、


今の時代、選択と言えば2択になりがちだし…黒白しかないような言い方が多いが…



先を選ぶ時、変化・進化だけでなく、継続と言う覚悟も常に持ち合わせたいとあらためて思った。


それは、今まで生きてきた生き方も過去における選択の結果なのだということなのだから。



今になってだが


この映画、昔実在した駆け込み寺(縁切り寺とはまた意味合いが違う)の話である。


男からの離縁はまかり通るが、女からの離縁はありえず


駆け込み寺『東慶寺』が離縁を望む女性の救済方法として存在した。



しかし


知らなかった。


書写山円教寺での撮影があっただなんて…。

(携帯より)

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  • 2019.09.17 Tuesday
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