姫新線 本竜野駅 その2

  • 2009.01.31 Saturday
  • 16:27
 龍野生まれ 龍野育ち

こんな私にとって

本竜野駅 は 沢山の思い出の場所



神戸の短大に通う私は

毎日のように 利用した。

それも 

発車直前の 汽車に乗り込むことが 多かった。

今では 考えられない 行為 だが


その当時は・・・・・


上りに乗るには 陸橋を渡らなければ ならない。

しかし、

すでに 定刻。

見かねた 駅員さんは

「ここを 走っていきなさい!!」 と。

上の写真の真ん中ぐらいにある 門を開いてくれていた。

そして、

線路上を 走り抜ける。

けっこうな回数を 重ねた 私である。


その節は

ありがとうございました。


しかし、

あの恥ずかしさは・・・・。

一旦閉まっていたドアが 再び開いて

乗り込んだときの

乗客の 見て見ぬふりさ加減・・・・・。


時には

運転手の方が

運転台から 

「早く!!」

と言わんばかりに 手招きをしている。

ニッコリ 笑って。




 


この駅舎も

姿を変えた。

変わった当時は

ちょっぴり さみしかった・・・・・。

今は 慣れてしまったが・・・・・。

そんなものなんだろう・・・・・・・。



前回も書いたが


この駅舎の右横に

柵がある。

この柵に座って

汽車を眺めるのが 好きだった。

毎日、会社から帰った父の自転車の後に乗って

散歩に出かけた。

汽車を 一時間ほど眺めていただろうか・・・・。

あの頃は

今より 本数もあったとは 思うが・・・・。



姫新線の最終は

あの頃は 24時頃に 本竜野駅に着く。

短大の帰り 甲子園に行くと

帰りは 最終である。

そんな日は

駅に 父が 迎えに来てくれていた。

そして、色々話しながら・・・・

主に 今見てきた 野球の話だが

TVで観戦していたお父さんも 話は通通。

(父は広島カープのファンである)

むしろ、結果を見ることができず

球場を後にした私より 結果を知っている。

歩いて10分程の道のりだが

荷物を持ってもらい

歩いて帰る。


今も そうである。


姫新線で 実家に帰った時は

帰りは 父か母が 駅まで 送ってくれる。

改札口で手を振る父か母に

「またね」 と振り返す。

自動車で走れば 15分の 所なのだが・・・・。

いつまでも 娘でいられる 実家は ・・・・・。


そうそう


短大の頃

通学に使っていたので 

駅員さんも 顔なじみになってくる。

いつのことだか忘れたが

「今度休みの日に 姫路で お茶しない?!」

と、駅員さんに 誘われた。

丁寧に おことわりしたが

昔から おじさんうけは 良かった・・・・・・。






沢山の人が 通り過ぎ・・・・。

沢山の想いが 通り過ぎる・・・・。



今 だんなが

チラリと のぞきこみ


「駅?!」


といい、

竹内まりやを 歌い始めた・・・・。 

どんどん声がフェイドアウトし、

結局のところ

「ニャニャニャ〜」

と、歌っている。


そうそう


そんなだんなは

今だ 姫新線に 乗ったことが無いらしい。

一度 一日でどこまで行けるか 

試してみよう!!

と、言っているのだが・・・・。

いつ 

実現するのやら。

お弁当持って

一日 汽車に揺られ

結構 楽しい時間が 

過ごせると 思うのだが・・・・・。


姫新線 本竜野駅

  • 2009.01.29 Thursday
  • 16:03
 ローカル線 

姫新線

電車ではなく 汽車 である。

ここ数年で ワンマンカー になっている。

何度となく 廃線の声も聞こえてきた。

しかし

私は 姫新線が 好きだ。



夏は 扇風機で 涼を求める。

満員では きくはずも無く

汗だくである。


冬は 暖房がかけてあるので

ドアは手動になる。

それと知らない人が

駅について先頭だと 大変である。

ジィー と待っているのである。

そして

すぐ後の人が

だまって そっと ドアを 開ける・・・・・。
 




その昔 SL が引っ張っていた。

3歳年上の お兄ちゃんは 

その姿を かろうじて 見ているらしい。

母は よく話してくれた。

「龍野と太市の間のトンネルにさしかかると

車内放送がかかる。

『トンネルに入りますので 窓を お閉め下さい。』 と。」

開けっ放しだと 顔からなにまで 真っ黒くろすけである。



私の幼き頃の想い出は


父が帰宅後の お散歩・・・・・。

父の自転車の後に乗って

本竜野駅に 汽車を見に行く。

駅舎の横に木の柵があり

そこに座って 汽車を 眺めていた。

毎日のように 出かけていった。



私が知っているのは

ディーゼルが 引っ張っている 姫新線。

だから、

ディーゼル車が無くなり

車両だけが 走り始めた頃

既に いい歳にはなっていたが

実は 

この汽車は どうやって 走っているのだろうと・・・・・

不思議でならなかった。


いつまでも

存在してほしい 汽車である。



カーネーション

  • 2009.01.28 Wednesday
  • 20:01
 年末にSさんにいただいた カーネーション。

使わない分を 保管しておいたのですが

さすがに

一ヶ月・・・・・

しかし、とっても元気!!

で、

花も 見られてなんぼ ですよね。

で、

全て 活けこみました。

水揚げを 敢えておさえて 保管していた 

カーネーション たちは

今とばかりに 

水を吸い上げています。

日毎 満開に なっています。

     

        

幸せに ついて・・・

  • 2009.01.27 Tuesday
  • 17:07
 今日 出勤の準備をしている時

   フト・・・・・

脳裏を過ぎった 曲がある。

  なぜ・・・・

過ぎったのか わからない・・・・・

べつに

もの思いに耽っていた訳でもないのに・・・・・


それは



   大人の階段 昇る

   君は まだ シンデレラ さ

   幸せは 誰かが きっと

   運んでくれると 信じていた

   子供だったと 懐かしく

   思い出す日が 来るのさ



確かに

この曲を聴いていた頃

まだまだ 心のどこか

思っていたかも しれないな・・・・・。



しかし



なぜに今



このフレーズが

過ぎるのだろうか・・・・・。


歳を とったのかなぁ・・・・・・。

 

トイレ掃除

  • 2009.01.25 Sunday
  • 18:29
昔の 香港旅行 の話のひとつだが、

トイレ 事情というのは

お国柄が でる。


旅行に行く前から

話には 聞いていたし、 

現地のガイドさんにも

言われた。

そして、

できるだけ

行った先の

建物内のトイレに行くようにも

言われた。

そうは言っても

うまくことは 行かない。

どこかは 忘れたが

港で 行きたくなった。

そして

意をけっして 入った。

・・・・・・・・・・・。

話に聞いていた通り

掃除をしてんだか?!どうだか?! な状態の女性が 一名。

用をすまし 出てきて 手を洗っていると

近寄ってきて ニコリ

私は用意していた

小銭入れから だして 渡した。

女性は 微笑んで 「ありがとう」 的な事を

言ったように 思う。

日本では 考えられない 事である。

普段から 公衆トイレに入った時に

お掃除の方がいらっしゃると

「ごくろうさま」 と声をかける。

結構旅行に出ることが多いので

旅先での この一言は

お喋りのきっかけにもなる。

時々

だんなに 聞かれる

「だれとしゃべっとったん?!」

それはそうだろう

知らない土地で

初めて入ったお手洗いの中から

嫁の談笑の声が聞こえてくるのだから・・・


なんで こんな話を書いたかと言うと

先日 ちょうど どこだかの市の義務教育の現場で 

子供がトイレ掃除を始める の記事が出た日に

お客さんに

「今は 学校生活の中で トイレ掃除がないところが あったんだね」

と 聞かれた。

私も 昨年末に この条例だかの決定の日の記事を読んではいた。


自分達が使用する場を 掃除するのは 

あたりまえでは なかろうか

教室を掃除するのと なんだかわらないのでは なかろうか

掃除をする立場になって

使用する者の心構えも わかるのでは・・・・・


子供の頃の お手伝いといえば

トイレ掃除にお風呂の掃除・・・・

ましてや

女の子の私は

  『トイレ掃除を綺麗にしていたら 可愛い子供が産まれるよ』

と、言われ せっせと掃除をしたものだ。


また、ニュースの中で

掃除の際に ブラシの使い方が 判らなかった子供がいたそうだ。



勉強は勿論大切だが

もっと 

人間として根底の部分の大切な事を

学んでいかなければいけないのでは。

生活の知恵を

学んでいかなければいけないのでは。

なんて 思いますが・・・・・。

喜神を含む

  • 2009.01.23 Friday
  • 16:43
 昨年 40歳の誕生日を迎えた時

お客様に

人生の折り返し地点だよ

と、助言をいただきました。

それから


何か・・・・・


と、ずっと 心にうったえるものを

探していました。

探すほどでも なかったかもしれませんが


何か・・・・・


心の糧 


となるものが ほしくは思っていました。


そこに

響いたのが


   喜神を含む


知り合いの方から お借りした本の中にあった言葉 ですが、



これなんだな



と、真直ぐに響いてきました。


なにか


ホッとした 気分です。


昨年から

その方には 色々本をお借りします。

自分で本を選ぶと

どうしても 偏ってしまいがちです。

だから、

あえて その方に

もっておられる 中で

私が 興味を持ちそうなのを

選んで いただき

お借りします。

難しい本が多いので

朝の10分程を

それらの本を 読む時間に あてています。

しかし

その中に

ヒントとなる 言葉が 見つかり

なんだか

本を読む 楽しみが 広がりました。

前向き?!それとも 楽天的?!

  • 2009.01.22 Thursday
  • 16:41
 今日 歩いて来る途中のこと・・・

後から 2台の 自転車が

やってくる・・・

近づくにつれ

会話の中味が 聞こえてくる・・・



  「“厳しい” って “無理” ってこと違うん?!」

  「いや。 “厳しい” って “ちょっと頑張れば行ける・・・” ってことやろ」


2人の女の子の 会話である。

想像するに・・・

受験生か・・・?!

きっと、志望校に対する 先生の評価について

先生の 言葉の表現に ついてである。


確かに

   『厳しい』

だけでは 範囲がある。

 厳しい=無理

 厳しい=今のままだと厳しいが、努力次第で打破できる


その先生が どのような イントネーションでいったのか・・・

どのような 表情でいったのか・・・

前後の話の流れは どうだったのか・・・


などなど

解析するに 必要なことは 山ほどあるが


あとは

言われた本人が

どのくらい 自己分析 できているか である。

自分の実力を 把握して

その言葉を どう受け取るか である。


また


ちょっと無理はあるが 前向きにとらえ 発奮するもよし


現実逃避で


楽天的に考え 野放しにするも 自分の人生・・・


この2人の 女の子の話を聞いて そう考えた・・・・・



思い出すな・・・



先生に なんと言われようと


楽天的に なんとかなるさ!! と思っていた頃


そんな 私に 親は


  「勉強するもしないも 自分で選んだらいい 

   将来 困るのは 自分なのだから・・・

   しかし、

   勉強する上で 必要な事があるなら

   いくらでも サポート するから」 


それでも


まだ なんとかなるさ!! と思っていた。



しかーーーし



なんとかは ならなかったな・・・・・



でも、



今 歩んできた道は

決して 後悔は していない。

結局


   なるように なった 


のだと思う。


今 振り返ると・・・

20歳を超えたあたりからのほうが

よく 勉強しているかも しれない・・・

本当の 大切さが 分かったから

と、いうか 身にしみて 感じたから・・・

そして、

自分が 何に 興味・関心 があるか

わかったから かも しれない・・・


10代の私は  楽天的

今の私は 前向き?! かな。


しかし


性格なもので・・・

楽天的要素は 体の芯で 抜けそうに無い

のが ほんとの ところだ。

パチモン

  • 2009.01.18 Sunday
  • 15:51
 先日 

『パチモン』

と、いう言葉が

久し振りに 頭をよぎったが・・・

『パチモン』

とは、何語?!

造語?!

方言?!

辞書で調べてみたが・・・

当然 載っていない・・・


しかし


この言葉で 昔の笑い話を 思い出した。

それは、初めての海外旅行!!


20代も終わりにさしかかる頃

当時の恋愛が 終止符を打った。


その時


友人Tちゃんが

「時間出来たやろ!! 海外旅行に行こう!!」

と、誘ってくれた。

ちょうどパスポートが 10年 も導入された頃だった。

「うん!! そしてら 何回も行けるように 10年にしておくは!!」

と 当時 ヤマトヤシキに 申請に行った。


友人Tちゃんは もう 海外には何度も行っていた。

だから 初心者の私も 大船に乗った気分で 出かけた。


初の海外は  “香港”


マカオ がまだ 返還前・・・

鶏インフルエンザが 話題になり 

桂三枝が マスクをして行ったと・・・

そうそう・・・

行ってちょうど 3日目の朝だったか

市内の鶏が全て焼却処分に なった

と、 ガイド さんが 言っていたな・・・


そこでの笑い話・・・



夕方からのフリータイムに

町に 買い物に出かけた。

ごみごみとした町 という 印象が残っている。

角に人影!! と、思い見ると

鉄砲を 持った 兵隊さん

お国柄の違いを 感じた。

ちょっとばかり 

ドキドキ しながら

それでも 楽しんでいた。

友人Tちゃんは

怖いと 腕を組んできた・・・

海外だと 平気に 腕も組めるというものだ・・・



その時


友人Tちゃんが 声をかけられた!!


  「おばちゃん! おばちゃん!


   ニセモン 安いよ!!」



手には ブランド商品の 偽物・・・

友人Tちゃんは 無視した・・・

しかし、 意外 相手もしつこい・・・

何度も 「おばちゃん」 と 声をかけてくる。

まぁ〜 無視し続け やっとこ 相手もあきらめた。


この時


友人Tちゃんは 怒っていた!!!


偽物を 売りつけられたことに 怒ったのではない。


  「なんで ここまで来て 『おばちゃん』 と言われな あかんの?!

   Sちゃんより 下やのに! なんで!! 私が・・・」


確かに 4月生まれの私と

早いきの 1月生まれの友人Tちゃんでは

一回り 違う みたいなもの


友人Tちゃん 怒りは おさまらない・・・

  「それに!!

   日本人に 物売ろうと思うなら

   『おばちゃん』は ないやろ?!

   誰なん?! 日本語 教えたの!!

   そこんとこ 教えな あかんやろ!!」


そうなのです

  『おばちゃん』

と、呼ばれたことに 怒っているのです。



私は

自分が 言われたわけでもないので・・・

余裕で

  「ほんまやなぁ〜 

   あれは 売れんなぁ〜」 



もう 友人Tちゃんも

先日40歳になった。

今は2児の母

今なら 怒らないだろう・・・


結婚はしていても 子供がいない私は

どちらかというと

  『おねえちゃん』

と、呼ばれることが 多い・・・




と、ちょっと自慢・・・・・?!かな。

チョコレート

  • 2009.01.16 Friday
  • 15:50
 おとついの仕事帰り

どうしても・・・どうしても・・・

むしょうに

チョコレートが

食べたくなりました。


そこで


帰りに コンビニに寄りました。

お菓子の棚を 眺めていると・・・


   「おっ!! パチモン?!」


と、 2度見してしまった・・・


      20090115011502.jpg


近くに 『 Toppo 』 もあり

何度となく 見比べた・・・


    あっ!!


受験シーズンに合わせての

掛け言葉 かぁ〜〜〜〜〜。


手に取ったものだから

結局 

  『 Toppo 』

ではなく

  『 Toppa 』

を、 買った。


中身は 

勿論?!

同じ物だった。



あっ!!という間に

2袋 食べきり


満足して


お風呂に入って


眠りに就いた・・・

播磨国総社 初ゑびす祭

  • 2009.01.15 Thursday
  • 16:34
播磨国総社にて

初ゑびす祭(14日〜16日)

が、とりおこなわれています。

私たちも

今日 ちょっと早起きをして

お参りに 行ってきました。

商売を 始めてから

毎年 行っています。



「また1年 無事に 商いができますように」


と、一年の出発の 区切にも なります。


人出は こんなもんでしょうか・・・

毎年なか日に行きますが

お参りをするのに

長い列に 並びます。

今年は すぐに 順番が きました。

少ないですね・・・






 


毎年 

だんなが おみくじを ひきます。

大吉・中吉・小吉

と様々ですが・・・

不思議な事に

「商い」 のところの 言葉は

いつも 同じです。


きっと


初心忘れず 精進するように!!


と、 神様からの言葉 だと思います。


はい!!


初心忘れず 精進 いたします!!


だから・・・


見守っていてくださいね (∩。∩)♪
  

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